自民党改憲案への批判に対する反批判
――その1、憲法第9条改正案について――

高乗正臣先生

講話日:平成25年11月26日(火)

高乗正臣先生

平成国際大学副学長・同大学院教授、憲法学会理事長

講演要旨

 今回は、学習院大学の青井未帆教授の「自民党改憲案批判」(第9条論・緊急事態条項論)について、その反批判を行いたい。
 まず、青井教授は自民党改憲案を批判する際、歴代の政府が採用してきた9条解釈、すなわち自衛隊は専守防衛のための実力(自衛力)であり、戦力(軍隊)ではないという立場に立っているが、そもそもそのような解釈には問題がある。戦後の多数説は宮澤俊義教授の「日本は自衛権を持つが、その発動としても、戦争を行うことは許されず、自衛権は戦力や武力行使を伴わない方法によってのみ発動を許される」という解釈(いわゆる「武力なき自衛権論」)に立脚してきた。この武力なき自衛権論は、長沼ナイキ基地訴訟第一審判決に影響を与え、判決では自衛権の行使方法として「平和時における外交交渉、警察力による侵害排除、群民蜂起等」のみが許されるとした。しかし、国際法上、自衛権とは、「外国からの違法な侵略に対し、自国を防衛するため、緊急の必要がある場合、それを反撃するために武力を行使する権利」と定義されており、武力を用いない自衛権と言うのは形容矛盾である。また、国連憲章第51条に「国連加盟国に対して武力攻撃が発生した場合、個別的、集団的自衛の固有の権利を害するものではない」とあることから、自衛権は他国からの武力攻撃を排除できる武力の保持と行使を前提にしたものであると考えるのが常識である。
 さらに、同教授は自民党案(2012年の改正草案)の第9条1項が「国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない」と定め、「戦争を放棄し」の部分で読点を打つことを殊更問題視し、「放棄されるのは戦争で、国際紛争を解決する以外の手段としての自衛権の行使を可能とすることは、平和憲法と呼ばれるものではなくなる」と批判しているが、論拠が不明確である。改憲論議においては、「平和憲法」と呼ばれるか否かの点が重要なのではなく、憲法が国民の生命・安全を守るという国家の役割に適合するかが問題であろう。
 また、青井教授は改憲論の第9条の2の1項が「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」と定める点を問題として、この規定が「内閣総理大臣の国防軍との関係における地位を定める規定であり、地位から権限が過剰に引き出される潜在的な危険性がある」と批判するが理解に苦しむ。「最高指揮官」という文言から直ちに過剰な権限が引き出されるとは考え難い。さらに、改憲案第9条4項・5項に、「軍の秘密保持や軍事法廷の規定」が新設されると、「憲法レベルで『人権の番外地』が設置され、安全保障を掲げた機密保持は強力な公益であるから人権は後退を余儀なくされる」と批判するが、そもそも国の安全保障は人権保障の大前提であるから、青井教授の批判は、国家の安全保障の確保という公益と人権保障とのバランスを欠いた議論と言わざるを得ない。一般に、戦力とは、「戦争を遂行する目的と機能を持った組織的な武力又は軍事力」である。この定義から考えると、現在の自衛隊はその目的、装備、訓練、人員から見て明らかに戦力と言わざるを得ない。歴代の政府解釈は自衛隊は戦力に至らない必要最小限度の実力すなわち「自衛力」であるとしてきたが、戦力でも警察力でもない「自衛力」とは一体何か。戦力と自衛力を区別する標識は何か。論者は「単独に外国の戦力と交戦できる程度の人員と装備」あるいは「我が国の周辺の諸国に何らかの脅威や危険を感ぜしめない程度の人員と装備」によって戦力と自衛力が区別できるというが、前者にいう「外国」や後者にいう「我が国周辺の諸国」とはどの国を指すのか。我が国の実力と相手国との力関係いかんで、同じ実力がある場合には「戦力」、またある時には「自衛力」になるというような議論は、憲法解釈として到底認められない。青井教授はどのような論拠で自衛隊を戦力=軍隊でないと解するのか。この点を不明確にしたまま、自民党改憲案を批判することは無責任である。
 青井教授は採用しないと思われるが、最近では、現行9条2項が一切の戦力の保持を禁じていると解されることから、現行憲法は自衛権を実質的に放棄していると主張する学説もある。青井教授が人権尊重原理を重視し、国民の生命、自由、財産が国の内外からの違法な侵害から守られる必要があると考えるならば、国家が固有の権利として警察権と自衛権を持つことを認めねばなるまい。教授が自衛隊が合憲である論拠を示さないまま自民党改憲案を批判することは説得力に欠けると言わざるを得ない。また、教授が自衛隊違憲論に立つのならば、外国軍隊の侵略から我が国の国民の生命、自由をどのように保障するのかについて説明しなければならない。

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